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千葉医学 80 (2) :47-95, 2004

展望
中枢神経回路はなぜ再生しないのか
 山下俊英 山岸 覚 羽田克彦 藤谷昌司(和文・PDF)
高度先進医療における寄生虫症: 進化する寄生虫
 矢野明彦(和文・PDF)
人工生物時代の到来と大学人の役割: 危機管理生命科学の創出
 鈴木信夫(和文・PDF)
 
原著
虚血性心疾患における局所糖代謝と脂肪酸代謝障害: 18F-FDG-PET, 123I-BMIPP-SPECT, and 201Tl-SPECTによる検討
 渡辺 聡 桑原洋一 吉田勝哉 増田善昭(英文・PDF
肺移植実験モデル: ラット同種間同所性左肺移植技術改良の試み
 溝渕輝明 関根康雄 安福和弘 吉田茂利 岩田剛和 斎藤幸雄 David S. Wilkes 藤澤武彦(和文・PDF)
Gemcitabine外来投与による膵癌術後補助化学療法の検討
 外川 明 伊藤 博 木村文夫 清水宏明 安蒜 聡 大塚将之 吉留博之 加藤 厚 宮崎 勝(和文・PDF)

学会
第1069回千葉医学会例会・第24回歯科口腔外科例会(和文・PDF1.2.3.4.5.6.7.8.9.)

雑報
英国の医学校における医学教育
 杉田克生(和文・PDF)

編集後記(和文・PDF)

 
   
  中枢神経回路はなぜ再生しないのか
山下俊英 山岸 覚 羽田克彦 藤谷昌司
千葉大学大学院医学研究院神経生物学


 大人の中枢神経が再生しない理由のひとつとして,一旦損傷された軸索が再び伸展しないことが古くから知られていた。研究の歴史は古く,前世紀初頭のカハールに遡る。彼はin vivoにおいて一度損傷された神経軸索が中枢神経の環境の中では再生できないことを示した。それから数十年を経た後,オリゴデンドロサイトに由来する神経突起伸展抑制因子の存在が示唆され,2000年になってその因子Nogoが単離された。現在では3つの神経突起再生阻害因子が同定されている。これらの蛋白が,いずれもNogo受容体(NgR)に結合することが報告された。しかし,NgRはGPIアンカー型蛋白で,細胞内ドメインを持たないため,シグナル伝達を担う受容体がNgRと結合することにより受容体複合を形成しているのではないかと考えられた。このシグナル伝達を担う受容体は思いがけないことに,ニューロトロフィンの受容体として知られているp75であった。p75は,ニューロトロフィン依存性に軸索の伸展を促進しているが,これとは逆に,再生阻害因子依存性に軸索伸展を阻害している。さらに神経細胞の軸索誘導を司る共通の細胞内シグナルとしてsmall GTPaseが重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。一連のシグナル伝達が同定され,分子ターゲットが得られた現在,中枢神経再生に向けた治療応用を視野にいれた研究が始まっている。  
 
   
  高度先進医療における寄生虫症 :進化する寄生虫
矢野明彦
千葉大学大学院医学研究院感染生体防御学


 高度先進医療化,そして経済,政治,宗教,文化を包括的に内包して進むグロバリゼーションの流れの中で,一旦は撃滅した寄生虫が再出現・新出現しまた進化してきている。移植医療,免疫抑制剤治療,抗腫瘍治療などに伴うトキソプラズマ症を始め難治性寄生虫症や日和見寄生虫症の重症化問題である。また高度先進医療による免疫抑制患者に対して,今まではほとんど感染力・毒性を示さなかったブラストチスティス,ミニスポーラ,ネオスポーラ,サイクロスポーラ,クリプトスポリジウム,ネグレリア,カルバートソンアメーバなど数多くの寄生虫が感染の機を狙っている。さらには新規疾患として非感染性先天性トキソプラズマ症の存在が明らかになり高度先進医療における寄生虫症領域の拡大化が起こっている。このことは高度先進医療とはある特定医療領域だけでなく医療全体の総括的高度化が要求されていることを示している。
 
   
  虚血性心疾患における局所糖代謝と脂肪酸代謝障害: 18F-FDG-PET, 123I-BMIPP-SPECT, and 201Tl-SPECTによる検討
渡辺 聡 桑原洋一 吉田勝哉 増田善昭
千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学


【目的】虚血性心疾患における,心筋代謝障害およびその血流障害と心機能に対する関連を核医学的に評価する。 【方法】冠動脈造影検査にて虚血性心疾患の診断を得た症例で同時期に,18FDG-PET(糖代謝),123I-BMIPP-SPECT(脂肪酸代謝),201Tl-SPECT(血流)とも施行しえた20例(73領域)のFDG, BMIPPの集積状態及びそれぞれ血流障害との関連,心機能との関連について検討した。 【結果】20症例,73領域に関しての検討では,FDG集積正常46領域,BMIPP正常32領域,FDG軽度低下19領域,BMIPP軽度低下16領域,FDG高度低下8領域,BMIPP高度低下25領域であり糖代謝に較べ脂肪酸代謝が障害されている割合が高かった。また左室造影でみた壁運動との関連を検討したところ,壁運動正常部位ではFDG 17%:BMIPP 37%で障害を認め(P=0.01),壁運動軽度低下部位ではそれぞれ35%:73%(P=0.045),同高度低下部位ではそれぞれ93%:100%(P=N.S.)で障害を認めた。同様にTlで障害を認めた割合は30%:54%:93%(壁運動正常:同軽度低下:同高度低下)であった。 【結論】虚血心筋において,機能低下の軽度のうちから脂肪酸代謝障害が出現し,機能低下がより高度になるにつれ,糖代謝障害の出現を認めた。また虚血にてより障害を受けるのは脂肪酸代謝であった。これは心筋代謝が虚血によりまず脂肪酸から糖代謝に移行し,両者に乖離が生じ,虚血がさらに高度になるに従い糖代謝も障害される事を示唆すると考えられた。
 
   
  肺移植実験モデル:ラット同種間同所性 左肺移植技術改良の試み
溝渕輝明1,2) 関根康雄1) 安福和弘1) 吉田成利3) 岩田剛和1) 斎藤幸雄4) David S. Wilkes3)  藤澤武彦1)
1)千葉大学大学院医学研究院胸部外科学
2)国立療養所千葉東病院呼吸器外科
3)インディアナ大学内科学微生物学免疫学
4)成田赤十字病院呼吸器外科


 肺移植は末期的肺疾患に対する治療法として必要不可欠である。肺移植後の生存率は他の臓器移植に比し低く,特に慢性拒絶反応のコントロールが重要視されている。ラットを用いた肺移植免疫の基礎研究の重要性は増しているが,ラット同種間同所性肺移植は技術的に困難で結果に差が出易く,実験結果に大きな影響を及ぼす可能性は否定できない。今回我々は長期間の実験に耐え得る,技術的に簡便な肺移植モデルを確立した。肺動脈,肺静脈,気管支の吻合に改良型プラスティックカフを用い,119例の肺移植を施行した。総手術(ドナー手術+レシピエント手術)時間は84.8±0.6分,移植片の総虚血時間は63.2±0.4分,温阻血時間は7.4±0.1分。気管支吻合部からの気瘻は全く認めず,生存率は95.6%であった。移植後17ヶ月後まで観察し,同系移植片の生存と気管支吻合部の開存を確認した。これらの結果から,我々のラット肺移植モデルは簡便且つ長期間の実験に耐え,急性拒絶反応のみならず慢性拒絶反応の基礎研究に有用であると考えられた。
 
   
  Gemcitabine外来投与による膵癌術後補助化学療法の検討
外川 明 伊藤 博 木村文夫 清水宏明 安蒜 聡 大塚将之 吉留博之 加藤 厚 宮崎 勝
千葉大学大学院医学研究院臓器制御外科学


 2001年4月より新規抗癌剤gemcitabineの保険認可以後,外来にて浸潤性膵管癌切除後,全身補助化学療法を35例(男: 女,19: 16)に行ってきた。平均年齢62.8歳(38歳〜84歳)。副作用は白血球減少26例(74.3%),食欲不振・悪心等消化器症状13例(37.1%)にみられた。しかし,いずれもGrade 2以下の軽微なものであり,入院加療を要した副作用はなかった。局所癌遺残度R0とR1の症例に対するgemcitabine総投与量および,生存期間は同等であったのに対し,R2症例に対する総投与量は有意に少なく(P=0.0215),生存期間も短かった(P=0.004)。以上より,浸潤性膵管癌切除後の患者に対し,gemcitabineは膵癌術後補助化学療法として,外来において安全に投与が可能であった。R1症例でも繰り返し投与を行うことにより,R0と同等の生存期間を得る可能性が示され,補助化学療法の併用することにより,積極的膵切除の意義も増すものと考えられた。
 
   
  英国の医学校における医学教育
杉田克生
千葉大学教育学部養護教育講座基礎医科学


 私は,平成15年度学術振興会特定国派遣研究者として英国へ1ヶ月滞在する機会が得られた。本研究課題は「脳磁図を用いた言葉の認知発達機構の国際比較研究」であったが,その一環として英国での発達性読字障害(dyslexia)を有する医学生への教育支援体制を関係者から聴取する間に,この国のあるべき医師像ならびにそのための医学教育方針を垣間見ることができた。今回の報告は,出張中に訪れた医学校ならびに教育病院(Leeds UniversityのLeeds General Infirmary や St. James University Hospital, London UniversityのKing’s CollegeやSt. Thomas Hospital, Cambridge UniversityのAddenbrucks Hospital)から聴取したものである。
T.大学医学校での医師養成
 英国の大学は大学間でカリキュラムの構成が異なっている。The General Medical Council(GMC:法律により,1.医師資格を有する者の登録,2.適切な医療活動の推進,3.高度の医学教育の推進,4.医療活動を行うに不適な医師への公正な対応の4つの機能を果たす。現在の会長は,Guy’s, King’s & St. Thomas’ School of Medicineの医学部長である)が医師養成のガイドラインを作成している(tomorrow’s doctorとして推奨,図1)。さらに,この推奨するガイドラインに基づいて教育が適切に行われているかどうかを頻繁に監査し,各医学校の教育レベルの維持にも努めていることは特記すべきことである。  臨床教育のための病院は保健省管轄のNHS(National Health Service)病院であり,日本の医学部附属病院とは根本的に異なる。各大学との契約のもとに学生の臨床指導の場を提供しており,どこのNHS病院を教育病院としているかが大学に対する学生の評価のひとつにも上げられている。ちなみにImperial Collegeは最近ロンドン市内の有数なNHS病院であるSt. Mary’s Hospitalを teaching hospitalとして契約し人気も高くなっている(同病院は以前University of Cambridge Clinical Schoolのteaching hospitalであった)。  大学所属の医学教官もNHS病院と契約し,病院で診療に従事しつつ学生の指導にも当たっているが,大学に所属しないNHS病院専属医師も教育には関与している。大学の所属の有無に関わりなく,学生の臨床教育を担当医師の大半が教えることを“fun”として取り組んでいる姿が印象的であった。GMCは,本来150年前に自らの職業レベルを維持するために設立された団体とのことである。いわば“ギルド的職業感”が今でも息づいている。
U.大学での医学教育
 GMC作製の医学教育ガイドラインを基本にしながらも各大学独自の教育方法を考案している。各医学校の教育内容などは比較的詳しく本や雑誌に紹介され,これらの情報をもとに高校生が大学を選ぶ基準としている。Leeds Universityではここ数年で,1,2,3年生を対象にpersonal performance development(PPD)を重視して行っている。2年生からは,患者からの病歴聴取や病態把握の導入教育が行なわれている。少人数クラスでの教官による評価が主であり,結果的により個人的な評価が明らかとなっている。これは3年生以降での臨床教育にも反映されており,実際の病院でのクラークシップでも4,5人のグループで担当教官が評価するシステムである。主に3年生から8週間それぞれの専門臨床科をローテーションする。さらに,新たな教育方法としてspecial study modules (SSM)が取り入れられている。  Leeds University医学部では,Leeds General Infirmary(LGI), St. James University Hospital(SJUH)両方に分かれて研修を行っている。各臨床研修を履修し(1.小児科,2.産科・婦人科,3.プライマリーケア,4.精神科・公衆保健,5.内科・外科,6.その他の専門科),その後OSCE(Objective structured clinical examination) 試験で臨床技能の審査が行なわれる。SSMのバックグラウンドは膨大な医学知識全てを教え込むことは無理なので,70%はcore knowledgeとしての習得時間に,30%はSSMの時間に当てている。具体的には,play an active part in their learning, develop skills of enquiry which will establish them for a future of self-directed learning, and have the opportunity to explore aspects of topics that interest them in more depthとされている。グループ(8名まで)で参加し,情報資源(libraries, patients, clinical staff and other professionals)を活用し深い学習を求めるものである。2000字以内の症例報告や文献レビューを提出させている。ロールプレイもしばしば授業に取り入れられているが,英国の医学生には入学前から“演劇”の素養があり(Shakespeareを生んだ国であり,現代でも学校教育専用の劇団が数多くある),これを背景にした医学教育方法である。日本でのモデリング学習の導入にはわが国なりの工夫が必要である。
V.成績評価
 学生の審査項目は,knowledge, skills, attitudes, SSMである。SSMには全成績の40%にあたる評価がなされる。臨床研修後のOSCEはskillsの審査に含まれる。assessmentの目的としては,1.to check your understanding of the course, 2.to check that you have reached the level/standard required for your stage, 3.to give you feedback on how you are doingの3者があげられている。臨床研修ではそれぞれのコースにて終了認定試験が課されており,通過しなければ退学となる。ただし,その都度interviewを通して今後の方向性を学生と話し合った上で最終的な結論をだしている。  学生評価は,普段から学生と接触しているチューター(英国では専門医であるconsultant doctorが担当)が主に行い,特に臨床研修の評価ではknowledge, communication skillおよび confidenceの3者中いずれもが合格点に達しない場合は進級できない取り決めである。英国では「人間関係も社会的役割も信頼も行動に責任を持つことなくして成立しない」とする“sense of responsibility”を教育の基本にしており,要は医者に不向きな学生は医師にしないことを,先に述べたギルド的職業団体として固く守っていると考えられる。Leeds大学では毎年200人中2,3人は医学部を去っていくが,新設の医学校ではより多いとのことである。  一方興味深いことに,CambridgeのAddenbruck’s Hospitalでは,最近千葉大学でも採用しているOSCEは行っていない。主な理由は,時間がかかり,また多くの学生に対して特に小児科患者の負担も多く,また役者に演じてもらうのはお金もかかるとのこと。Cambridgeでの医学教育の特異性,筆記試験,long & short case presentation, vita(口頭試問)で充分評価可能とのこと。その上,各college tutorが臨床実習までは大学とは別に学生指導を行っており,他の学部生と寄宿を同じにしながら,幅広い教養を身につけていく制度は,他大学にはない特徴であるとするのは,小児神経科医でOxford大学医学校出身のDr. Verityの言である。
W.教育環境整備
 Leeds大学医学校では,医学教育専任の教官が3名在籍しており,カリキュラム開発やその他の医学教育担当医師へのトレーニングなどに関わっている。教育全体の評価については,各教官の教育能力評価だけではなく,1.教官に対しては,教育技術,知識,内容,学習教材,2.学生の知識,学習能力,態度,3.教育および学習方法(学習プロセス),4.環境(教室,設備,IT機器など),5.学習効果(教育・学習プロセスから得られた達成度)の5つの観点から観察を行っている。観察者は上記の専任教官に加え教育経験が豊富で良い観察技術を有する者,同じ学部あるいは近似した学部の教官,あるいは専門の教育支援者が行うとしている。
X.その他
 英国では医学校の卒業試験もなく,また医師国家試験も存在しない。これは先に述べたGMCの教育ガイドラインとその監査を徹底させ,英国での医学教育の質を医師や医学校自らが管理するシステムを構築していることが背景にある。千葉大学医学部は国内に先駆けた医学教育制度を常に念頭におき,自分たちが育てた学生が外部評価にも耐えうる教育制度を打ち立てるべきである。何故ならば,最終的評価を国家試験に委ねるのは,教えるだけでそのoutcomeを見ていないわけであり,教育者としては「全く無責任」と言われても弁明できないのではないではなかろうか。大学法人化を迎え,大学間の競争は日増しに現実化してきており,受験生獲得,教育病院の選定,教育カリキュラムの公表,的確な学生評価,学生からの教官評価などに満足できる実績を上げていけることを切に願うところである。
Y.謝 辞
 この場をお借りして,英国での医学教育につきまして貴重な御意見をいただいた在連合王国日本大使館浅野敦行一等書記官ならびに武田敏千葉大学名誉教授に深謝いたします。

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