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千葉医学雑誌


千葉医学雑誌一覧
 
千葉医学 81 (1) :1-37, 2005

総説
自動車排出ガスによる大気汚染の健康影響
 島 正之 (和文・PDF
 
展望
千葉大学における肉眼解剖学の基盤整備の試み
 松野義晴 門田朋子 小宮山政敏 森 千里 (和文・PDF
 
話題
乳児神経芽腫マス・スクリーニングをめぐって
 大沼直躬 吉田英生 松永正訓 幸地克憲 黒田浩明 菱木知郎 山田慎一 佐藤嘉治 照井慶太 (和文・PDF

心臓血管の再生医療
 永井敏雄 南野 徹 小室一成 (和文・PDF

らいぶらりい
Sepsis
 猪狩英俊 (和文・PDF

雑報
インターネット時代の文献検索 −情報収集から見識・英知形成へ−
 関根郁夫 (和文・PDF

学会
第1090回千葉医学会例会・第7回環境生命医学研究会 (和文・PDF

編集後記 (和文・PDF

 
   
  自動車排出ガスによる大気汚染の健康影響
島 正之 兵庫医科大学公衆衛生学教室


  わが国では硫黄酸化物による大気汚染は改善されたが,自動車交通量の増加に伴い,二酸化窒素や浮遊粒子状物質による大気汚染が問題となっている。とりわけ交通量の多い大都市部の幹線道路沿道部における大気汚染物質の濃度は高く,住民の健康に及ぼす影響が憂慮されている。われわれが千葉県で行った疫学研究では,学童の気管支喘息症状の有症率及び発症率は幹線道路沿道部において高かった。アレルギー等の多くの関連要因の影響を調整しても沿道部における喘息の発症率は統計学的に有意に高く,大気汚染が学童の喘息症状の発症に関与することが示唆された。近年,欧米諸国においても道路に近いほど呼吸器疾患患者が多いこと,大気汚染物質が喘息や気管支炎症状を増悪させることが数多く報告されている。幹線道路の沿道部に多くの人々が居住しているわが国にとって,自動車排出ガスによる大気汚染への対策は早急に取り組むべき喫緊の課題であり,自動車排出ガスと健康影響との因果関係を解明するために大規模な疫学研究を実施することが必要である。

 
   
  千葉大学における肉眼解剖学の基盤整備の試み
松野義晴 門田朋子 小宮山政敏 森 千里
千葉大学大学院医学研究院環境生命医学教室


 肉眼解剖実習(以下,実習)は,医歯学部における医師および歯科医師を目指す学生にとって人体の正常な構造を三次元的に正しく理解する上で必須の科目である。さらに,生命の尊厳性を理解し,医師としての倫理観を確立する上でも重要な授業科目である。  現在,千葉大学(以下,本学)における実習は3年次課程において4月から6月の三ヶ月間行われている。ここで供される実習体は篤志献体登録者である千葉白菊会会員(以下,会員)の死後の遺体提供(献体)によっている。これまで,実習体の使用目的に対する大きな疑義が提出されたことはなかった。しかし,最近になって,大学当局(本学事務および解剖学講座)の捉える使用目的と会員あるいは遺族のそれについての認識との間にギャップが生じていることが指摘されるようになってきた。さらに,県内外のコメディカル教育機関からの実習見学の受入れが増加してきたことや,実習体の防腐処置に使用しているホルマリンが健康被害を引き起こす可能性があるなどの指摘がされるようになってきた。これらの問題に対処するために大学当局の新たな対応が必要になってきた。  そこで,本学では平成12年度の森千里教授の着任を機に,これまでの献体受入れ業務を含めた肉眼解剖教育・研究の運営方法の改善に取り組んできている。  本論では,本教室がこれまで取り組んできた改善策および試みについて,以下の四項目に主眼をおいて紹介する; 1)千葉白菊会会員および入会希望者への生前医学研究承諾手続きの導入[1,2],2)会員に対する実習施設見学の開催[3],3)コメディカル学生に対する実習見学方法の改訂[4-6],4)肉眼解剖実習施設における室内環境の改善[7]。
 
   
  乳児神経芽腫マス・スクリーニングをめぐって
大沼直躬 吉田英生 松永正訓 幸地克憲 黒田浩明 菱木知郎 山田慎一 佐藤嘉治 照井慶太  
千葉大学大学院医学研究院小児外科学


T.はじめに
 神経芽腫(以下NBと略す)は5,000〜10,000人に1人の割合で発生する小児がんで,手術を必要とする小児固形腫瘍の中では最も頻度が高く,また予後が悪い。  NBは尿中にカテコールアミンの代謝産物であるVMA(vanil mandelic acid),HVA(homo vanilic acid)を排出し,70%の症例で異常高値を呈する。従って,尿中VMA・HVAはNBの有用な腫瘍マーカーの一つである。  この特性に注目し,1985年より全国的に国と地方自治体の協力により,生後6ヶ月の乳児のオムツに濾紙を挟み,濾紙に吸収された尿から尿中VMA・HVAを測定し,1歳未満の早期にNBを診断し,早期治療に結びつけようとする乳児神経芽腫マス・スクリーニング(以下MSと略す)がスタートした。  しかし,新聞紙上でも報道されたように,約20年を経過した2004年,この集団検診は当初に期待した程には,悪性度のより高いNBを発見していないのではないかとのことで,一旦中止し再検討することになった。新聞では乳児NBのうち,一部小児内科医が行った無治療経過観察による自然治癒症例に焦点をおいた論調で,MS中止を述べており,いささか片手落ちの感があるので,日本で行われたMSにつき概説する。

U.神経芽腫(NB)の臨床的特性
  NBはneural crest(神経提)由来の悪性腫瘍で,交感神経節細胞や副腎髄質細胞に分化する途中で腫瘍性に増殖したものである。  60%は副腎原発であるが,その他頚部,胸部,腰部,骨盤部の交感神経節に発生する。  古くより,1歳未満で発見された症例と1歳以降に発生した症例とでは,その予後に大きな差があることが知られている。  1歳未満の症例では,たとえ原発巣が大きな場合でも遠隔転移を伴っていないことが多く,手術可能で予後は決して悪くない。特に生後3ヶ月未満で彌漫性の肝転移による腹満で発生する症例では,皮膚,骨髄などにも転移を伴っているにもかかわらず救命し得る確率が高い。このような症例はstage WS(stage Wにもかかわらずspecialに予後が良い)と称して特殊型ではあるが,その生物学的特性が多方面から研究されている[1]。  一方,1歳以降発症の症例は原発巣が小さいにもかかわらず,すでに骨髄・骨への遠隔転移を伴っており,発熱,下肢痛,眼球突出などの転移巣による症状で医療機関を受診するため,極端な進行症例となっている事が多く,集学的治療にもかかわらず予後が極めて悪い。  以上のような背景から,NBの治療成績を向上させるには,1歳未満でNBを早期診断,早期治療させることが不可欠であるとして,本邦のMSは開始された

V.乳児神経芽腫マス・スクリーニング(MS)のシステム
  出生時,あるいは3ヶ月健診時に本システムの詳細を記した説明書ならびに濾紙が親に手渡される。生後6ヶ月時にオムツに挟んだ濾紙に尿を吸収させ,最寄の研究施設(千葉県では県衛生研究所)に送ると定性法でVMA・HVAのチェックが行われる。柑橘類,お菓子のバニラ,風邪薬等の影響で偽陽性と判定される可能性があるため,異常と判断された場合はさらに1ヶ月毎に二次検査,三次検査として生の尿を送ってもらい定量法により測定する。三次検査で異常高値の場合,各地保健所から医療機関(千葉県では主として千葉大学小児外科)へ精密検査の依頼がなされる。

W.乳児神経芽腫マス・スクリーニング(MS)の結果
  MS開始から1994年までの10年間の全国アンケート調査[2]によると,受診率は80%以上で,1,156例が集計された。患者実数は出生数を考慮すると,年間150人前後と予測された。1,156例の臨床病期はT,U,V,WA,WB,WS期がそれぞれ403(34.9%),368(31.8%),225(19.5%),23(2.0%),40(3.5%),87(7.5%)で,非進行例の病期T,U,WSが74.2%を占めることが報告された。  千葉大学小児外科では過去20年間に70例のMS症例を経験している。病期はT,U,V,WA,WB,WS期が各々24(34.3%),26(37.2%),15(21.4%),1(1.4%),1(1.4%),3(4.3%)で,非進行例の病期T,U,WSで75.8%を占め,全国アンケートの結果とほぼ一致していた。

X.乳児神経芽腫マス・スクリーニング(MS)症例の治療
 従来,臨床的に腹部腫瘤などの症状で発見されていた1歳未満のNBでは,原発巣の摘出,腫瘍床の術後放射線照射,術後化学療法による集学的治療が行われてきた[3]。  MS症例では,まったく臨床症状がなく発見されるため,stageT,Uの症例では腫瘤摘出術は容易で,周囲への浸潤もほとんど認められないことが多い。従って術後放射線治療が省かれることが多い。1994年以降はほとんど施行されなくなった[2]。術後化学療法もCyclophosphamide(CPM),Vincristine (VCR) によるJames療法や,Adriamycin (ADR) を加えたSt. Jude療法などの軽めの治療が回数限定で行われた[4]。但し,WAやWBの進行症例では,1歳以降発症の進行症例と同等のEtoposide (VP-16),Cis-platin (CDDP) 併用の強力化学療法や骨髄移植,末梢血幹細胞移植も行われている。  予後はMS開始から10年の全国アンケート[2]によると,登録1,156例中記載のあった1,133例のうち死亡は16例で,生存率98.6%(1985〜1990年: 5年生存率98.0%,1991年〜1994年: 調査時生存率99.1%)と良好な成績であった。病期別の死亡は病期T,U,V,WA,WB,WSでそれぞれ1例(0.2%),2例(0.5%),4例(1.8%),6例(26.1%),1例(2.5%)および1例(1.1%)であった。  1990年代に入り,分子生物学の発達から,MS症例の分子生物学的予後因子の検索が活発となり,MS症例では予後不良因子であるN-myc遺伝子増幅の頻度が極めて少ないことが判明してきた[5]。また,MS症例の中には自然退縮する症例のあることが報告され,一定の基準を設けて無治療経過観察を行う施設も出現してきた[6]。

Y.千葉大学のとりくみ
  千葉県でのMS第1例目が,病期Uであったにもかかわらず,治療終了後WBの進行症例として再燃した経緯もあり,われわれはMS症例に対しても治療する上で肉眼的病期分類のみならず,他の予後因子の開発が必要であることを痛感していた。1991年,教室の松永ら[7]は1歳未満のNB症例を中心とした予後良好なNBにおいて,c-src mRNAの発現が強いことを報告した。ほぼ時を同じくして1992年には中川原ら[8]はNBの分化に関与する癌遺伝子としてNGF(神経成長因子)の受容体であるtrkAが予後良好なNBで強発現していることを報告した。  そこで教室では病期分類の他に,DNA診断としてのN-myc遺伝子の増幅の有無,RNA診断としてのc-srcN2,trkAの発現の高低,病理診断としてのShimada分類を予後因子に加えてMS症例の治療戦略を構築した。病期分類としてはINNS国際分類を用いた。治療計画の詳細は他誌[9]を参照されたい。  この治療方針で55例のMS症例の治療を行った。50例ではc-srcN2,trkAとも高発現で,5例でのみいずれかの癌遺伝子が低発現であった。55例全例で2年以上の無病生存率が得られている(図1)。

Z.乳児神経芽腫マス・スクリーニング(MS)の末
  MS開始後10年で1歳未満発症のNBに関するいくつかの興味ある知見が得られた。すなわち,MSで発見されるNBは従来から行われていた化学療法によく反応し,予後は極めて良好で98%が生存する。MSで発見されるNBの中には自然消褪したり,成熟して良性の神経節腫になり得るものが含まれている。  MS症例の病理学的,生物学的特性の研究から,1歳以降に発症する進行NBとの差が少しづつ明らかになってきた。  これらの状況から,1995年の第11回日本小児がん学会では「マス・スクリーニング発見神経芽腫の治療をどうするか」がシンポジウムで取り上げられた。その結果,MS症例では化学療法の軽減,放射線療法の回避,手術による合併症を防ぐための縮少手術で対応するとのコンセンサスが得られた。無治療経過観察については,後日進行症例に進展した症例の報告があったり,MS症例が予後良好といえども本質的には悪性腫瘍であり,摘出して腫瘍組織を検索しない限り安全性が確認されないなどの理由から,ごく一部の施設で追試されたに止った。  2000年の第16回日本小児がん学会では「神経芽腫マス・スクリーニングをどうするのか」というMSの存続自体を議論するシンポジウムが企画された。後ろ向きコホート研究の結果,MSの有効性を示唆する発表や,初期に期待していた程悪性度のより高いNBが発見できてないとの観点から,行政事業としての廃止を勧める発表まで種々ありコンセンサスは得られなかった。  しかし,厚生労働省は1)神経芽腫の罹患と死亡の正確な把握,2)検査の実施時期変更の検討,3)治療成績を改善させるための研究の推進と治療体制の確立を条件としてMSを一旦休止とした。  今後,一部地域で施行されているMS実施時期を1歳以降にずらして施行した際の成果が望ましいものであれば,MSが再開される可能性も残されているものと期待している。  

(無断転載を禁ず:千葉医学会)
 
   
  心臓血管の再生医療
永井敏雄  南野 徹  小室一成
千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学


 はじめに

   心不全はすべての心疾患の終末像であるが,近年心不全患者の数は増加しており,重症心不全の予後は内科的薬物療法,補助循環装置を含めた外科手術の発達にもかかわらず予後不良である。また,心臓移植は根治的な治療であるが,ドナー不足の問題がある。一方,生活習慣の欧米化とともに動脈硬化性血管疾患の患者数も急増しているが,血行再建術の適応とならない四肢末梢の閉塞性血管障害は難治性であり,切断による永続的な機能障害をまぬがれないことが多い。近年,心血管再生医療は重症難治性心血管疾患の新しい治療法として脚光を浴びている。本稿では,我々循環病態医科学/循環器内科講座で一丸となって取り組んでいる心血管の再生医療の現状を紹介する。

1.心筋再生
 失われた心筋細胞を補充することにより心不全を治療する心筋再生医療という考え方は,胚性幹細胞(ES細胞)の樹立,多能性体性幹細胞の発見に負うところが大きい。2001年にOrlic,Anversa等は未分化な細胞表面マーカーを持つ骨髄幹細胞を心筋梗塞部位に移植すると心筋細胞に分化すること,また,骨髄細胞を末梢血中に動員するstem cell factorとgranulocyte-colony stimulating factorにより心筋梗塞後の心機能,予後の改善,梗塞範囲の縮小を認めることを報告した[1,2]。この二つの報告は,心筋再生への基本的な2種類のアプローチ,すなわち,外部から心筋細胞あるいは心筋細胞へ分化する前駆細胞を補充する細胞移植療法と,内在する心筋あるいは心筋前駆細胞の動員,増殖,分化を誘導する心筋細胞分化療法の可能性を示唆した。体性細胞のうち心筋細胞移植で最もよく検討されている細胞は骨髄細胞(骨髄間葉系細胞,造血幹細胞)であるが,移植細胞が心筋に分化する比率は諸家により0から50%と様々である。したがって,移植された骨髄細胞による心機能改善効果は,収縮心筋細胞の増加の他に血管新生による梗塞領域の周辺部心筋の保護,放出因子による心筋細胞アポトーシス抑制も関与すると考えられている。また,細胞が他の細胞の形質を獲得する機序として形質変換(transdifferentiation)の他に細胞融合(fusion)が存在することがES細胞,神経幹細胞,骨髄細胞,肝細胞の間で報告されているが,我々は内皮細胞,内皮前駆細胞,骨格筋細胞,線維芽細胞など様々な細胞が心筋細胞と細胞融合し,心筋細胞の形質を得ることを報告した[3]。このように細胞移植による効率のよい心筋再生を確立するためには幹細胞から心筋細胞への分化の機序を分子レベルで解析する必要がある。そこで,我々は心筋に内在する心筋幹細胞に注目し,成体マウスから心筋幹細胞を単離し,拍動する成熟した心筋細胞に分化させることに世界で始めて成功し,現在その分化のメカニズムを研究している[4]。  前述のようにサイトカインは心筋梗塞後の心機能,予後を動物モデルで改善する。そこで我々はその機序に注目した。心筋梗塞モデルマウスにleukemia inhibitory factor (LIF) cDNAを骨格筋に筋注すると対照に比較して心機能が改善して梗塞部位が縮小したが,これは動員された骨髄細胞が心筋細胞分化する他に,血管新生,心筋細胞のアポトーシス抑制効果が関与していることが明らかになった[5]。また,G-CSFは急性心筋梗塞モデル作成後に投与しても心筋リモデリングの抑制と梗塞範囲を縮小することをマウスとブタのモデルにより確認し,その作用機序は動員された骨髄細胞による心筋再生ではなく,血管新生効果,抗アポトーシス作用が重要な役割を担っていることを報告した[6,7]。

2.血管再生
 末梢血中に骨髄由来の血管内皮前駆細胞が存在することが報告されて以来,骨髄単核球細胞を用いた虚血性心血管疾患の治療は著しい早さでヒトへと臨床応用された。しかし未だにその明確な作用メカニズムは不明である。これに対して我々は,独自に末梢血単核球細胞の有用性について基礎的な検討を行った。その結果,末梢血単核球細胞は骨髄由来の単核球と比較して血管増殖因子の産生や血管新生効果が勝るとも劣らないこと,骨髄単核球細胞移植による血管新生作用は骨髄単核球から幹細胞を除いても変化がないことなどを明らかにし,末梢血単核球細胞を用いたヒト重症末梢性動脈疾患に対する治療について臨床研究を開始した。適応は既存の治療法では改善の見込めない下肢重症虚血患者とし,除外項目として増殖型糖尿病性網膜症,悪性新生物を設けた。集まった症例の大半は難治性皮膚潰瘍や激しい安静時疼痛をもっており,約7割が他医で下肢切断が必要と診断されていた。これまでに30数例に対して本治療を行い,70%以上の症例で救肢が可能であった[8]。周術期合併症は皆無であった。フォロー中に子宮筋腫の増大を1例,抗凝固剤服用患者での筋肉内出血を1例認めたものの,いずれも軽症であった。このほか既存の冠動脈静脈グラフト病変が進行した例が1例あった。本治療法との明確な因果関係は不詳であったが,我々は本治療により動脈硬化病変が悪化する可能性に充分配慮する必要があると考えている。我々は本治療の効果を検証しそのメカニズムを考察するために,レスポンダーとノンレスポンダーの臨床データの比較を行っている。その結果,その治療効果は単核球移植により惹起される虚血組織における血管増殖因子の産生によることが明らかとなりつつある。今後もさらに臨床データを検討し,それらから得られた知見を基礎研究で検証することによってさらに本治療のメカニズムを解明し,一層効果の高い治療法を開発できると考えられる。  

心血管再生は近年急速な発展を続けている分野である。ほんの数年前には存在しないとされた成体の心筋幹細胞はその存在を疑う余地がない。また,血管新生治療は臨床の場ですばらしい効果を挙げている。今後,我々循環病態医化学/循環器内科は心血管再生医療の確立に向けて邁進する所存である。

(無断転載を禁ず:千葉医学会)
 
   
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関根郁夫 国立がんセンター中央病院 肺内科



 1980年代まで,医学文献は図書館の中を歩いて探すものであり,どこに重要な文献があるかを知っているということが,すなわち専門医であるということであった。Index Medicusや医学中央雑誌といった紙に印刷されたデータベースが,1980年代にCD-ROMに納められ,さらに21世紀になってオンライン化されて,以前とは比較にならないほど簡単に医学文献にアクセスできるようになった。一流の医師が,定年までの間にどのくらいの文献−特に英語論文−を読むのか定説はないが,およそ10−40万頁(文献数2万−4万)くらいであろうと推測される[1]。従来,この数値は努力目標であった。なぜならば,自分に必要な文献を2万−4万も探し出すためには,大変な時間と労力を要したからである。しかし,机上のパソコンに向かって1つのキーワード でMedline を検索すれば瞬時に10万を超える文献リストが得られるようになって,この10−40万頁という数値は,むしろ人間の限界を表していると考えられ,読む文献数をこの数値以下にすることが求められる。すなわち,ある分野についてしらみつぶしに文献を漁るということはもやは不可能で,如何に読むべき文献を絞るかということに腐心しなければならない。
 文献検索について考慮すべきことのもう一つは,Evidence Based Medicine (EBM)の流行である。科学的根拠(Evidence)に基づいて医療を行うということは,医師の基本的な責務であり,この考え方自体特に目新しいものではない[2,3]。しかし,Evidenceにはレベルがあり,比較試験とそのメタアナリシスはレベルが高く,観察研究と専門家の意見はレベルが低いとされ,このことがことさら強調されたため,比較試験とメタアナリシスの文献だけ読めばいいと誤解されることも多くなった[4-6]。しかし,それが間違いであることは,以下のような反例を挙げられることからも明らかである。


1)臨床上生じる疑問のうち,それに回答を与えるような比較試験が存在するのは,限られた疾患の,限られた問題点についてのみである。治療方針の決定がランダム化比較試験による科学的根拠に基づいて行われたのは,10%から60%の患者についてのみであったと報告されている[7]。しかし,これは最終的な治療方針決定の場合であって,実際にはそこに至るまでにも多数の臨床的問題点が存在し,それらに対する回答を提供するような比較試験は存在しない場合の方が遙かに多い。

2)いくつか比較試験が存在しても,その結果に一貫性が無く,全体として解釈に困ることが多々ある[5]。

3)比較試験が多すぎて,すべてを網羅することが出来ないテーマ・分野も沢山ある。

 比較試験のような個々の研究データはひとつの情報informationに過ぎず,その問題点を把握して現時点における結論を導き出すには,沢山ある情報を統合してそれに解釈を与えなければならない。さらにその中に新しい知見を見いだして今後の研究の方向性を探るためには,優れた洞察とともに過去に積み重ねられた知識knowledgeと比較しながらの思慮深い考察が必要になってくる。従って,一人の努力ではとうてい処理できないほどの情報が氾濫している現代こそ,このようにして形成された見識・英知wisdomを手に入れることが大切なのである[8]。
 個々の研究データは原著論文となり,データの統合はメタアナリシス論文として発表される。そしてそれに基づいて一つの見識が形成されるまでは総説論文の中で考察され,さらにいくつかの見識からその分野の総括に至るまでの過程は,総説論文あるいは教科書で扱われる内容となる。また,メタアナリシスまでは客観的な情報なので,誰が行っても方法さえ間違えなければ結論は同じになるが,そこから先の作業は各専門家によって多少なりとも異なる可能性がある。従って,一つの問題点に対して,まず質の良い総説論文や教科書を複数読み,さらにその論文の主張の根拠となっている原著論文に目を通すということが重要であると結論づけられる[9]。
 それでは,今自分が抱えている問題点について論じた総説論文や教科書の章を,どのようにして見つけたらよいのであろうか。以下にその例を挙げてみる。

1)オンライン医学教科書UpToDate(http://www. uptodate.com)
 UpToDateは各領域の専門家が病態生理,診断,治療,予防に関してまとめた教科書で,臨床のほとんどの問題点を網羅しており,しかも年3回更新されている。アメリカの臨床医にとっては,今やスタンダードな情報源となっており,アメリカPrimary care physicianの84%がUpToDateを使っているというデータもある[10]。他にもいくつか同様な教科書が作られつつあるが,今のところ扱っている項目が少なすぎて使いものにならない。

2)Medlineによる総説論文の検索
 自分の問題点を扱っているような総説を手に入れるには,多少のこつがいる。キーワードを論文の表題のみに限定して検索し,さらに論文のtypeとしてreviewを選択して絞りこむと,必要な総説が見つかることが多い。それを電子ジャーナルで入手するか図書館でコピーする。図書館になくても,雑誌によっては無料でダウンロード出来るものもあるし,図書館に依頼して他の図書館から比較的安い料金でコピーしてもらうことも出来る。また,最近はMedlineに著者のE-mail addressが載っていることが多いので,直接著者に別刷り請求することも出来る。私の経験では約半数の論文がそのようにして入手することが可能で,著者によってはPDF file ですぐに論文を送ってくれたり,関連論文を一緒に送ってくれたりする。

3)2000頁以上の分野別英文教科書
 大きさはCecil Textbook of MedicineやHarrison’s Principle of Internal Medicineと同じであるが,分野別のために内容は相当濃い。私が使ったことがある教科書に,Textbook of Gastroenterology (Lippincott Williams & Wilkins), Wintrobe’s Clinical Hematology (Williams & Wilkins), Williams Hematology (McGraw-Hill), Oxford Textbook of Clinical Hepatology (Oxford U.P.), Merritt’s Neurology (Lippincott Williams & Wilkins), Kelley’s Textbook of Rheumatology (W B Saunders), Arthritis and Allied Conditions: A textbook of rheumatology (Lippincott Williams & Wilkins), Williams Textbook of Endocrinology (W B Saunders), Textbook of Pulmonary Diseases (Lippincott Williams & Wilkins), Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders (McGraw-Hill), Brenner and Rector’s the Kidney (W B Saunders), Principles & Practice of Infectious Diseases (Churchill Livingstone), Cancer: Principles & Practice of Oncology (Lippincott Williams & Wilkins)がある。丸善,三省堂,紀伊国屋などのホームページで検索すればまだまだ出てくるが,選ぶポイントは,2000頁以上であること(Merritt’s Neurologyは例外),改訂を重ねていること,そして編者がその道の著名な専門家であることである。また,これらの教科書は,少なくともいずれかの版は必ず図書館に置いてあるので,最新版を買う前に見てみてもいいであろう。これらの教科書は一般に4年ごとくらいに改訂されているし,記載内容の信頼性は極めて高いと言われている。また,日本語の教科書でこれらに匹敵するような質の高い分野別教科書はほとんどない。

4)診療ガイドライン
 科学的根拠に基づいた診療ガイドラインも有力な情報源である[7]。最近アメリカのみでなく日本でも盛んに診療ガイドラインが作られるようになった。どこにどのようなガイドラインがあるのか,探すのには,次の各web siteが有用である。
  東邦大学医学メディアセンター(http://www.mnc.toho-u.ac.jp/mmc/index. htm)
  Agency for Healthcare Research and Quality: National Guideline Clearinghouse (http://www.guideline.gov/)
  American College of Physician ACP Guidelines Web site (http://www. acponline. org/sci-policy/guidelines/)
これらのweb siteには,無料で手に入るガイドラインも多数ある。

5)内科学体系(中山書店)
 出版された当時は豊富な記載内容で有力な情報源であったが,最後の改訂は約10年前なので,現在では使えない。

6)日本語医学商業雑誌の特集号
 日本臨床,綜合臨床,メディチーナ,MP,臨床医,内科,診断と治療,医学の歩み,日本内科学会雑誌などがあり,また少し基礎医学的な話題ならば最新医学など,あるいは分野別に,例えば呼吸器ならば日本胸部臨床,呼吸と循環,呼吸などが挙げられる。また,オンライン医学中央雑誌で検索することも出来る。良く探せば,一つの疾患に対して複数の特集号が見つかるはずである。それらを読み漁ると,診断・治療の基本的な考え方と共に,現在のその疾患におけるトピックを知ることが出来る。しかし一方で,日本の商業誌はピア・レビューがないため,著者の独善的な記述が結構あり,内容のバランスが悪かったり意見に偏りがあることも多いので注意が必要である。  こうしてみてみると,文献検索の本質は今も昔も変わらないことに気づく。それは単なる情報収集ではなく,疾患に関する見識・英知を得るための一過程なのである。

(無断転載を禁ず:千葉医学会)
 
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